a.25. 2000年問題 最終章 |
嵐は来ないのか?それとも、最初から嵐は無いのか?いまは、1999年1月。あれから、もう、3週間以上が経過した。なにもかも、うまくいっている。たまに、おかしいと言われ見ると、2000年問題前からのバグだった。日締め処理も問題ない。最初は、不気味なくらい静かで、とんでもないバグが静かに潜行しているのでは、と不安だったが、ここまで来れば、まあ、大丈夫だろう。完全に問題ないと思えるのは、今月の月締め処理が完了してからだ。 移行は、年末年始を犠牲にしたが、想像以上に早くに終わった。ひとえに、十分な前準備のおかげと、自己満足に浸っている。結局、予定は全て前倒しになり、また、やや予定通りにならないことも有った※が、問題なかった。1月1日と1月3日は休むことが出来た。
いろいろと精神的にも、つらかった。でも、様々なツールを作り、予め、移行方法を、そのツールの利用方法とともに、書き留めて、その通りに実行していったので、移行日当日は、気楽だった。将来の自分宛のメッセージが、自分を楽にしてくれたと思う。移行は時間がかかり、とっさに次の事をその場で、思いつくよりも、じっくり前もって考えておくと、当日、不安もないし、気楽なのだ。とても、重要なことだと思う。 特に、論理ファイルをユーザースペースに記録してから、論理ファイルを削除し、物理ファイルを再作成して、再びユーザースペースの論理ファイル名のリストで、論理ファイルを再作成するツールは、とても便利だった。DSPDBRのAPIを利用している。時間があったら、どこかにアップしよう。 最後にいまにして思えば、2000年問題の一番大きなポイントは、周りの人間の理解を得ることと、単純作業に耐えられる精神力と、それに、計画的行動だった。「受験生ブルース」の♪砂を噛むよな味気なさぁ...のフレーズをよく思い出した。そう、なんだか受験生に戻ったような気がした。 でも、終わった。とうとう、終わった。 このシリーズを読んでくれた皆さん、本当にありがとう。
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